《目次》
参考資料はこの記事とかそのへん。
※結局全部おもろいが鉄則。
デムパかつ非常識すぎる、封印していた話題がたくさん…。正直、もうとっくの昔に常識の通じない世界観に変化しているので、無難な話題ばかりでも本当の目的とやらは果たせないのかもシレヌ
※現行ではなく過去ログのスレ
注意点
1:ありがちなパターン
抜け出したらそこもまた牢獄だった、なんていうパターンもある。
途中で満足してしまえば、他の可能性やその先のことが見えなくなってしまう。
"存在"の限界
1:結局は、人類視点、太陽系視点
人やそれに近い存在の考えることや経験できることは、実はそんなに凄くないんじゃと疑っていたり。
変な世界観にばかり触れているらしくまともに語られているのは見たことがないし、アレとかコレとかの存在を知った後では、正直みんな同じようなことばかり言っている、見ているような気がして、何となく満たされないというか、落ち着かないのもたしかだ。
2:結局認識というものは、"そうだと思われること"にすぎない?
考えようとする姿勢は素晴らしいけど、さすがに参考資料が少なすぎた。
霊などそういったものだけではなく科学もそうなんだけど、想像通りの世界が実在しているかどうかなんて、本当の意味では確かめようがないから、"本当の意味では"確実なものではないとも思う。
でも、それでも考え続けなければ、この世界の自由度が低すぎるということに気づいてしまった人にとっては、苦しみや理不尽にただ耐えろという状況になってしまうのもたしかだ。
スピリチュアルに対して思うこと
0:好きなタイプのスピリチュアル観
こういうバランスのいい考え方、好き。
1:スピリチュアルの注意点
人徳的な意味での変化とは、他人の言うことを聞くこと、愛ある人など良いものとされがちな人になることなど、一般的に正しいとされがちなものだけが徳的な正解とは限らない…とちょっと思ってたり。まあ、別に愛というものを否定しているわけでもなくて、単純にそういう話ばかり聞く気がして、ちょっと不安になってきたというだけだけど。
2:何故人は何かに服従したがるのだろうか?
神様と呼ばれる存在でも何でも、人は何故、やたらと他の者に対して完全性を求める…もとい願望を押し付けたり、何かを自分たちの上に置きたがるのだろう。
"存在"…もとい"それ"は皆ひとしく"そう"呼ばれ、そういう形で今は存在しているというだけでしかないのだと、個人的には思う。
それが、あるコミュニティや"存在"にとって、そう思えるというだけで。
人は、世界の広さをまだ知らない
1:世界はここ・ここに近い場所・容易に想像できる形状だけではない
激レアな怪奇現象に遭遇して思ったこと。
"世界"は、思っている以上に何でもありなものなのかもしれない。
グループソウル的なもの
レイシード
同じグループソウル(的なもの)に属するものの単位。
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